他人に触れられるとくすぐったい足の裏やわきの下が、自分の指で触れるとくすぐったくない。なぜなのかと真剣に探究したのは古代ギリシャのアリストテレスである。到達した答えは「自分の指では動きが予測できるため」▼触覚が専門の仲谷正史(なかたにまさし)・慶応大准教授(40)によると、海外の学者がMRIを使って、くすぐり行為と脳の反応を調べたところ、アリストテレスの推理は正しかった。「万学の祖」と呼ばれた彼は、五感の中で触覚を「第一のもの」と位置づけていた▼人の皮膚には感度のよいセンサーが備わっているそうだ。ものの凸凹を覚知するのはメルケル細胞。ツツッと滑る感覚を担うのはマイスナー小体。ザラザラした触感にはパチニ小体。いずれも聞き慣れないが、ほかに役割の不明なセンサーもある▼テニスラケットの網目を両手ではさみ、さすると、滑らかな布に触れているような感覚が起こる。この現象を解明しようと多くの学者が挑んだが、まだ答えにたどり着けていない。こうした触覚の錯覚は50も存在する▼触覚は人の思考にも影響を及ぼす。米国のある大学は、未知の人物の写真を示して性格を推理してもらう実験をした。ホット飲料を手にした人は、冷たい飲料を持つ人より、「あたたかい人」だと想像する割合が高かった▼「百聞は一見にしかずと言いますが、一触には百見を上回る力があります」と仲谷さん。アリストテレスの昔から向きあってきてなお、触覚の世界は不思議に満ち満ちている。