静かなる暗杀者――Duolon
雨が近いのか、今夜の夜风は重く湿っている。
そのぬるい风にまぎれ、影はバルコニーに降り立った。
影はデュオロンという名で呼ばれている。生业は暗杀者――今夜ここに来たのも、无论“仕事”のためである。
この豪邸には、一代で莫大な财をなした、さる老富豪が住んでいる。デュオロンの今夜の标的はその老爷だった。
一代で今の地位を筑き上げるまでには、おそらく多くの人间の恨みを买ってきたことだろう。だが、それはデュオロンの知るところではない。
また、老人が老い先短いのを承知の上で、それでもなお暗杀という手段を选んだ依頼人の事情と心境がどのようなものなのか、それもデュオロンの知るところではないし、ことさら兴味もない。むしろそれを知ろうとすること自体、彼らにとっては大きなタブーであった。依頼人の事情に深く踏み込みすぎる暗杀者は、いずれみずからが命を狙われる立场に立たされかねないからである。だからこの日も、デュオロンはターゲットの経歴さえろくに知ろうとはしなかった。
ターゲットの名前と住まい、それに生活サイクルと颜――それだけを心に留めて、デュオロンはつねに淡々と仕事をこなす。
だが、そんなデュオロンが、いぶかしげに眉をひそめた。
夜风に混じって、甘ったるいインセンスの香りがただよってくる。覚えのあるその香りに、デュオロンは足音を消して窓に近づいた。
窓が细く开いていた。その香りは、屋内からもれ出てくる空気に染みついているのだった。
「…………」
静かに屋内に忍び込んだデュオロンは、軽いめまいに袭われ、すぐに口もとにハンカチを押し当てた。
デュオロンは头の中にこの屋敷の详细な见取り図を広げ、老人の寝室に向かった。途中、ここではたらく使用人たちの姿を见かけたが、いずれも床の上にだらしなく寝そべり、あるいはへたり込み、规则正しい寝息を立てている。おそらくこの香に含まれる催眠成分のせいだろう。
――デュオロンがそう确信できたのは、同じ香を飞贼の隠れ里でも作っていたからである。
あまり嬉しくない予感を胸に寝室に足を踏み入れたデュオロンは、ベッドの脇の床の上に、ちょうど人の形に残った焦げ目を见た。
老人は、ここで、骨も残さず完全に焼き尽くされたのだと、デュオロンはそう察した。
人知れず屋敷を出たデュオロンは、すぐに依頼人に连络を入れた。
◆◇◆◇◆
雨が降り始めていた。
その街のチャイナタウンに足を运んだデュオロンは、あちこちから中国人が集まってくる场末の中华料理店のドアを押し开けた。
店内にいた客たちの视线が一瞬だけデュオロンに集中し、すぐに散る。视界をさえぎるほど立ちこめるタバコの烟にわずかに眉をひそめ、デュオロンは谁にいうともなく寻ねた。
「……足癖の悪い気の强そうな女を知らないか?」
谁もその问いに答える者はいない。代わりに、客たちの视线がふたたび一点に集中した。
客たちの视线の动きにつられて肩越しに背后を一瞥したデュオロンは、口もとに小さな苦笑を浮かべて客たちにいった。
「……邪魔したな。寻ね人は见つかったようだ」
「思いもかけず珍しい颜と出くわしたね」
毛皮のコートに赤いチャイナドレスのびしょ濡れの女は、デュオロンを见据えて艶めく唇をゆがめた。
「――わたしに何か用かい、デュオロン?」
「やはりおまえだったか、ラン」
◆◇◆◇◆
飞贼――。
中国の长い歴史の影に生きてきた、伝说の暗杀者たち。
ランは、その飞贼の中でも最强といわれる四天王の笔头であり、デュオロンにとっては幼驯染みでもあった。今でもデュオロンのほうではそう思っているが、しかし、ランのほうでもそう考えているかどうかは判らない。